大判例

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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)88号 判決

東京都港区三田二丁目三番三四号一四〇三

原告

片山裕

右訴訟代理人弁理士

竹本松司

杉山秀雄

湯田浩一

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

深沢亘

右指定代理人

服部平八

江藤保子

松木禎夫

有阪正昭

主文

特許庁が昭和六三年審判第一三九八九号事件について

平成二年一月二五日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「圧力平衡伸縮管継手」とする考案について、昭和五七年一〇月五日、実用新案の登録出願をしたところ、昭和六三年六月二日に拒絶査定を受けたので、同年八月四日審判を請求した。特許庁は、右請求を昭和六三年審判第一三九八九号事件として審理した結果、平成二年一月二五日右請求は成り立たない、とする審決をした。

二  本願考案の要旨

「蛇腹管を設けた継手本管と別の蛇腹管を設けたバランス管とを交叉状に接続し、これに梃杆を回動自在に軸支し、前記梃杆の両端に端部をそれぞれ枢着した継手本管用連杆と前記継手本管用連杆と交叉する方向のバランス管用連杆とを蛇腹管を挟んで継手本管とバランス管とにそれぞれ取付けた圧力平衡伸縮管継手において、前記バランス管を単一にすると共にその前記継手本管との交叉近傍部に第一の梃杆を設け、前記バランス管の母線上に第一の梃杆の角部を軸支点を介して軸支し、前記バランス管と同軸上に前記継手本管と交叉して前記バランス管と同径のブラケツトを設け、前記ブラケツトに前記継手本管の中心軸とバランス管の中心軸との交点に対して第一の梃杆と点対称に第二の梃杆を設け、前記ブラケツトの母線上に前記第二の梃杆の角部を別の軸支点を介して軸支し、前記バランス管及びブラケツトに前記継手本管とバランス管の中心軸を含む平面に対して前記第一の梃杆及び第二の梃杆と面対称の位置に第三の梃杆と第四の梃杆をそれぞれ軸支点を介して軸支し、各梃杆の一端に継手本管の中心軸と平行な継手本管用連杆の一端部をそれぞれ枢着点を介して枢着すると共に、前記各梃杆の他端にバランス管の中心軸と平行なバランス管用連杆の一端部をそれぞれ枢着点を介して枢着し、各継手本管用連杆の他端部を継手本管の蛇腹管の外方に設けたフランジにそれぞれ装着すると共に、各バランス管用連杆の他端部をバランス管の別の蛇腹管の外方に設けたフランジにそれぞれ装着し、各梃杆の軸支点と継手本管用連杆の枢着点との距離を梃杆の軸支点とバランス管用連杆の枢着点との距離よりも小とすると共に、前記継手本管の管内断面積と前記バランス管の管内断面積との比を前記距離の比に逆比例させ、前記バランス管用連杆の径を継手本管用連杆の径よりも細くしたことを特徴とする圧力平衡伸縮継手。」(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願考案の要旨

前項記載のとおりである。

2  引用例

いずれも本願考案の出願前に頒布された刊行物である引用例一(実公昭四九-一九九八一号公報)、同二(実公昭四四-七七一六公報)及び同三(実開昭四九-七五一一六号公報)には、以下の各記載がある。

(一) 引用例一

「ベローズを設けた管と別のベローズを設けた小管とを交叉状に接続し、これにテコ杆を回動自在に軸支し、前記テコ杆の両端に端部をそれぞれ枢着した連杆6と前記連杆6と交叉する方向の連杆7とをベローズを挟んで管と小管とにそれぞれ取付けた圧力平衡型伸縮管継手において、管と小管との交叉近傍部にテコ杆をテコ杆の中央枢着点を介して軸支し、テコ杆をそれぞれの中央枢着点から両端に至るテコ比を変えて設け、かつベローズの断面積をテコ比に応じて変えれば突出部の大きさを任意に変えられる圧力平衡型伸縮管継手(別紙図面(二)参照)

(二) 引用例二

「それぞれ一端に近く蛇腹管を挟設した二本の管3、4をT字状に接続するとともに、両管3、4の交点部管側にはL状梃杆をその中央部を軸支して取付け、その両端にそれぞれ枢着した連杆9、10の他端を蛇腹管を挟んで位置する管側に各枢着してなる圧力平衡伸縮接手」(別紙図面(三)参照)

(三) 引用例三

「平衡型伸縮管接手のフランジに管中心線に対称に四本の連結杆を設けた単列平衡型伸縮管接手」(別紙図面(四)参照)

3  本願考案と引用例との対比

(一) 一致点

本願考案の「蛇腹管」、「継手本管」、「バランス管」、「梃杆」、「継手本管用連杆」、「バランス管用連杆」及び「軸支点」は、それぞれ引用考案一の「ベローズ」、「管」、「小管」、「テコ杆」、「連杆6」、「連杆7」及び「中央枢着点」に、また、本願考案の「継手本管」、「バランス管」、「継手本管用連杆」、「バランス管用連杆」及び「軸支点」は、それぞれ引用考案二の「管3」、「管4」、「連杆9」、「連杆10」及び「点6」に相当する。

したがって、本願考案と引用考案一は、「蛇腹管を設けた継手本管と別の蛇腹管を設けたバランス管とを交叉状に接続し、これに梃杆を回動自在に軸支し、前記梃杆の両端に端部をそれぞれ枢着した継手本管用連杆と前記継手本管用連杆と交叉する方向のバランス管用連杆とを蛇腹管を挟んで継手本管とバランス管とにそれぞれ取付けた圧力平衡伸縮管継手」である点で一致する。

(二) 相違点

〈1〉 バランス管の数が、本願考案では単一であるのに、引用考案一では「互いに反対方向に突出した二本」が設けられている点

〈2〉 本願考案では「継手本管用連杆」及び「バランス管用連杆」がそれぞれ四本であり、「バランス管と継手本管との交叉近傍部に第一の梃杆を設け、前記バランス管の母線上に前記第一の梃杆の角部を軸支点を介して軸支し、前記バランス管と同軸上に前記継手本管と交叉して前記バランス管と同径のブラケツトを設け、前記ブラケツトに前記継手本管の中心軸とバランス管の中心軸との交点に対して第一の梃杆と点対称に第二の梃杆を設け、前記ブラケツトの母線上に前記第二の梃杆の角部を別の軸支点を介して軸支し、前記バランス管及びブラケツトに前記継手本管とバランス管の中心軸を含む平面に対して前記第一の梃杆及び第二の梃杆と面対称の位置に第三の梃杆と第四の梃杆をそれぞれ軸支点を介して軸支し、各梃杆の一端に継手本管の中心軸と平行な継手本管用連杆の一端部をそれぞれ枢着点を介して枢着すると共に、前記各梃杆の他端にバランス管の中心軸と平行なバランス管用連杆の一端部をそれぞれ枢着点を介して枢着し、各継手本管用連杆の他端部を継手本管の蛇腹管の外方に設けたフランジにそれぞれ装着すると共に、各バランス管用連杆の他端部をバランス管の別の蛇腹管の外方に設けたフランジにそれぞれ装着する」ものであるのに対し、引用考案一では、連杆が二本ずつで継手本管とバランス管の伸縮バランスをとっている点

〈3〉 本願考案では、「梃杆の軸支点と継手本管用連杆の枢着点との距離を梃杆の軸支点とバランス管用連杆の枢着点との距離より小とすると共に、継手本管の管内断面積とバランス管の管内断面積の比を前記距離の比に逆比例させる」としているのに対し、引用考案一では、「梃杆をそれぞれの中央枢着点から両端に至るテコ比を変えて設け、かつ蛇腹管の断面積をテコ比に応じて変えれば突出部の大きさを任意に変えられる」としている点

〈4〉 本願考案では、「前記バランス管用連杆の径を継手本管用連杆の径よりも細くする」としているのに対し、引用考案一では、各連杆の径について何ら限定していない点

(三) 相違点についての判断

(1) 相違点〈1〉について

引用例二には、単一のバランス管をT字状に接続した圧力平衡伸縮接手が記載されており、本願出願前に既に公知となっていたから、引用考案一のバランス管を単一とすることは、当業者が極めて容易になし得ることであり、バランス管を単一にしたことによる本願考案の作用効果は、引用例二に記載された「T字形であるから上部または下部に管4の突出長さに対するスペースがあればよい。そして構造簡単であつて安価小型に作り得る利点がある。」(第一頁右欄一三ないし一六行目)という同引用例のもつ作用効果から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものではない。

(2) 相違点〈2〉について

本願考案の明細書によれば、四本の連杆を設けたことにより、蛇腹管が曲がった状態で伸縮するおそれがないとしているが、可撓性容器内に圧力を包含させるとき、その容器の支持に連杆を用いることは通常行われていることであり、この場合、二本の支持連杆よりも、四本の連杆で支持する方が伸縮が安定して曲がらないことは機械技術の分野において当業者に自明のことであるところ、引用例三には四本の連杆を用いて圧力平衡伸縮管継手を構成したものが記載され、出願前公知となっているから、引用例一の考案の連杆を四本とすることは、当業者が適宜なし得るものである。そして、相違点〈2〉に係る本願考案の構成は、本願が継手本管に単一のバランス管を交叉状に接続したものであること、及び蛇腹管を曲がりなく伸縮させることを考慮すれば、引用例一の二本の連杆を四本としたことによって必然的に考えだされる構成にすぎない。

(3) 相違点〈3〉について

引用例一には、「梃杆をそれぞれの中央枢着点から両端に至るテコ比を変えて設け、かつ蛇腹管の断面積をテコ比に応じて変えれば」と記載されているところ、右記載中の「それぞれの中央枢着点から両端に至るテコ比」とある部分は本願考案の「梃杆の軸支点と継手本管用連杆の枢軸点との距離(以下、「a」という。)と梃杆の軸支点とバランス管用連杆の枢着点との距離(以下、「b」という。)との比」と実質的に同一であるから、引用例一には、「aとbの比を変えること」及び「蛇腹管の断面積をaとbの比に応じて変えること」の二点が明示されているといえる。ところで、「継手本管の管内断面積とバランス管の管内断面積の比」と「aとbの比」とを逆比例の関係にすることは、梃杆の機能からみて当業者であれば、自明のことである。したがって、引用例一における「蛇腹管の断面積をaとbの比に応じて変えること」と、本願考案の「継手本管の管内断面積とバランス管の管内断面積の比をaとbの比に逆比例させる」こととは実質的には差異がない。

そうすると、両考案の相違点は、本願考案が「aをbよりも小さくする」と限定しているのに対し、引用例一では単に「aとbの比を変える」としている点だけになる。しかしながら、引用例一には「小管は管に比べて管径は小であるから管敷設場所が狭隘な場所であつても場所をとることなく設置空間を有効に利用することができる。」(一頁右欄一一ないし一四行目)と記載されており、バランス管の管内断面積を継手本管の管内断面積よりも小さくすること、及びそのように構成することによる作用効果が明示されている。

したがって、引用例一の「aとbの比を変える」場合において、その変え方を「aをbよりも小とする」と限定する程度のことは、当業者が引用例一の記載に基づいて極めて容易になし得ることであり、その限定による作用効果も引用例一の記載のものと比較して格別のものとはいえない。

そして、aをbよりも小とした場合、バランス管用連杆に加わる力は、継手本管用連杆に加わる力に比較して小さくなることは、力学上の常識からみて当然のところであるから、バランス管用連杆の径を継手本管用連杆の径よりも細くするという構成は、前記のaをbよりも小さくするという構成から必然的に考えられる構成にすぎない。

(4) 以上のとおり、各相違点はいずれも引用例一ないし三の記載に基づき当業者が極めて容易になし得るところであり、それによる作用効果も各引用例の作用効果から当業者が予測することができる程度のものであり、格別のものとはいえない。

(四) よって、本願考案は引用例一ないし三から当業者が極めて容易に考案することができたものであるから、実用新案法三条二項により、実用新案登録を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1、2、3(一)、(二)は認ある。同3(三)のうち、(1)、(3)は認め、(2)は、「相違点〈2〉に係る本願考案の構成は、本願が継手本管に単一のバランス管を交叉状に接続したものであること、及び蛇腹管を曲がりなく伸縮させることを考慮すれば、引用例一の二本の連杆を四本としたことによって必然的に考えだされる構成にすぎない。」とする点は争うが、その余は認め、(4)は争う。同3(四)は争う。審決は、本願考案における四本の連杆の配置を連杆を四本としたことから必然的に想到する構成であるとして、本願考案の進歩性を否定したが、右構成は必然的に想到可能であるとはいえないから、審決の前記認定判断は誤っており、取消しを免れない。

引用例一、二のような二本の連杆を有する圧力平衡伸縮管接手あるいは圧力平衡型伸縮管接手において、管の中心軸に対して傾いた状態で伸縮するおそれを除去するためには、更に二本の連杆を追加して四本の連杆を管の円周に沿って配置すること自体は、着想として容易に想到し得るということができる。しかし、連杆の具体的な配置について、本願考案の採用した構成を想到することは容易ではない。四本の連杆の配置方法として容易に想到し得るものは、本願考案の出願当時における技術水準からすると、以下のような方法である。すなわち、追加する二本の連杆を継手本管の中心軸X及びバランス管の中心軸Yを含む平面P内に配置する方法であり(別紙図面(五)、(六)参照)、この方法は、最も想到し易い方法であり、かつ技術的にも実施可能な方法であり、かかる方法が採用されたとしても何ら不自然ではない。

これに対して、本願考案の構成は、出願当時において全く新規な構成を含むものであり、かかる新規な構成を示唆する圧力平衡管継手は全く存在しなかったものである。審決は、本願考案における連杆及び梃杆の配置を必然の構成であるとするが、前述のような技術的にも実施可能であり、かつ、着想し易い他の方法がある以上、本願考案の構成を必然の構成とすることはできず、審決の右認定判断は誤っている。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因に対する認否

1  請求の原因一ないし三は認める。

2  同四は争う。

二  反論

本願考案の連杆及び梃杆の各配置を想到することには、以下に述べるように何らの困難性がなく、審決の認定判断に誤りはない。

1  連杆の配置について

伸縮が安定して曲がりがないようにするために、四本の連杆とすることは、四本の連杆を管の円周に沿ってできる限り均等に配置することであるから、四本の連杆の配置は、〈1〉既設の母線上にある二本の連杆に加えて、更に二本の連杆を継手本管の中心軸とバランス管の中心軸とを含む平面内に配置する方法、〈2〉既設の管の母線上にある二本の連杆を、それぞれ二本に振り分けて管の片面に二本ずつ配置する方法、のいずれかであるところ、〈1〉の方法は、継手本管に連杆が貫通するという、あるいは右貫通を回避するたあには迂回させるという不都合が生じるから、採用されるはずはないのである。そして、〈2〉の方法を採用した場合には、片面に配置された一本の連杆で押圧する場合よりも押圧力が安定して伝わるという効果があり、さらに、二本の連杆の場合の連杆の強度は一本の連杆の場合の半分となるという効果があるから、〈2〉の方法が採用されることとなる。この後者の方法を具体的に述べると、次のようになる。すなわち、管の母線上にある連杆を振り分ける場合、二本の連杆に振り分けた場合に発生し得る不必要なモーメントの発生を避けるためには、二本の連杆の対称軸を管の母線と一致させるべきであるから、二本に振り分けられた連杆はバランス管及び継手本管の各母線に対して対象に配置されることとなり(別紙第(七)第1図参照)、この配置は本願考案の配置方法に一致するものである。したがって、本願考案の連杆の配置は、以上述べたとおり、当然の配置方法であり、格別の困難があるものとはいえない。

2  梃杆の配置について

連杆を連結駆動するため、梃杆を用い、梃杆の角部を軸支点として軸支するとともに、梃杆の両端部に連杆の一端部を枢着することは、引用例一、二にも示されているように、常套手段である。そして、前項に述べた連杆の配置を前提とすると、梃杆の配置は、〈1〉連杆10aと連杆9aを連結させ、連杆10dと連杆9dを連結させる方法、〈2〉連杆10aと連杆9dを連結させ、連杆10dと連杆9aを連結する方法、〈3〉連杆10aと連杆10d及び連杆9aと連杆9dをそれぞれ一体化し、この一体化した両者を連結する方法が考えられるところ、梃杆の軸支点と継手本管用連杆の枢着点との距離aと、梃杆の軸支点とバランス管用連杆の枢着点との距離bとの比は、継手本管の管内断面積とバランス管の管内断面積との比に逆比例し、継手本管の管内断面積とバランス管の管内断面積が定まればaとbの比は定まるものであるから、梃杆の配置は以下のようになる。すなわち、

〈1〉の場合、連杆10aと連杆9aを連結する梃杆の軸支点は、それらの各連杆の延長線の交点から延びた傾きがa/bである線C上であって、交点及び交点の近傍を除くいずれかに存在することとなり、同様に連杆10dと連杆9dを連結させる梃杆の軸支点は、それらの各連杆の延長線の交点から延びた傾きがa/bである線D上であって、交点及び交点の近傍を除くいずれかに存在することとなる(別紙第(七)第2図参照)。〈2〉の場合、連杆10aと連杆9dを連結する梃杆の軸支点及び連杆10dと連杆9aを連結する梃杆の軸支点は、いずれも母線Aと母線Bの交点Pから延びた傾きがa/bである線E上であって、連杆10aの延長線と連杆9dの延長線との交点及び該交点の近傍と、連杆10dの延長線の連杆9aの延長線の交点及び該交点の近傍とを除くいずれかに存在することとなる(別紙第(七)第3図参照)。〈3〉の場合、連杆10aと連杆10dを一体化したものと、連杆9aと連杆9dを一体化したものとを連結する梃杆の軸支点は、点Pから延びた傾きがa/bである線F上であって、かつ、点P上及び点Pの近傍を除くいずれかに存在することとなる(別紙第(七)第4図参照)。そして、管上に梃杆の軸支点を設ける場合、別紙第(七)第1図の母線A上及びB上に軸支点を置けば工作が容易であり、管の強度上も好ましくない応力がかからない最も安定した場所である。

以上からすると、〈1〉の場合の梃杆の軸支点は、バランス管の母線A及び継手本管の母線Bと、線C及び線Dとの四つの交点上の何れかに配置されることとなるから、その組合せは、〈ア〉二つ共バランス管の母線A上にある場合、〈イ〉二つ共継手本管の母線B上にある場合、〈ウ〉連杆10aと連杆9aを連結する梃杆の軸支点はバランス管の母線A上にあり、連杆10dと連杆9dを連結する梃杆の軸支点は継手本管の母線B上にある場合、〈エ〉連杆10aと連杆9aを連結する梃杆の軸支点は継手本管の母線B上にあり、連杆10dと連杆9dを連結する梃杆の軸支点はバランス管の母線A上にある場合の四種類となる。〈2〉の場合においては、梃杆の軸支点が二つ共、バランス管の母線A(あるいは継手本管の母線B)と線Eとの交点、すなわち点P上に配置し、二つの梃杆を互いに向かい合わせになるように重ねて配置することとなるため、強度上の点から好ましくなく、この方法は軸支点を一つにする格別の理由がない限り、採用されない。〈3〉の場合においては、軸支点を母線上に配置できないことは明らかであるから、採用されない。

そうすると、梃杆の軸支点の配置方法は、〈1〉の前記四種類のうちのいずれかになるところ、本願考案は、そのうちの〈ア〉を採用したにすぎないところ、その効果も、他の〈イ〉ないし〈エ〉を採用した場合に比較して格別の作用効果を奏しているものとはいえないから、結局、本願考案は、必然的に想到されるうちの一つの方法を採用したというにすぎず、したがって、審決の認定判断に誤りはない。

第四  証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  審決取消事由について

審決の理由の要点のうち、本願考案の連杆及び梃杆の構成は継手本管用連杆及びバランス管用連杆を四本としたことによって必然的に想到し得る構成であるとの認定判断(相違点〈2〉についての判断)を除くその余の点は当事者間に争いがないから、本件の争点は、唯一、本願考案の連杆及び梃杆の構成が、引用例一、二の従来技術に示される各連杆を二本とする構成を四本にしたことにより必然的に想到し得る構成、すなわち、連杆を四本にしたことから当業者であれば、極めて容易に本願考案の構成を想到し得たか否かの点にある。そこで、以下この点について判断する。

1  本願考案の目的、構成、効果について

成立に争いのない甲第二号証(平成元年一〇月三〇日付け手続補正書添付の本願考案に係る明細書)によれば、以下の事実が認められ、他にこれを左右する証拠はない。

本願考案は、流体を通ずる管の接続部に用いられる圧力平衡伸縮管継手に関するものであり、従来の同種の継手においては、その構造が大型であるため、設置場所が制限され、狭い場所への取付けが困難であるものや、バランス管に作用する内圧推力が大きいためその構造を頑丈に作る必要のあるもの、また、引用例一、二のように継手本管用及びバランス管用連杆が各二本であるため、継手本管の蛇腹管が伸縮するとバランス管の蛇腹管がその中心軸に対し曲がった状態で伸縮するおそれのあるもの、下側のバランス管に空気抜き孔を設けることができないものなどの各問題点を有していた。

そこで、本願考案においては、右のようにバランス管の蛇腹管がバランス管の中心軸に対して曲がった状態で伸縮するおそれがなく、バランス管を単一とすることにより常に空気抜け孔を設けることを可能とし、継手本管より小径のバランス管を継手本管に対して交叉して配置することを可能とすることにより、設置場所に合わせて狭い空間への取付けを可能とし、さらにはバランス管に作用する内圧推力を小さくしたことからバランス管の構造を華奢なもので足りるようにするなど前記のような問題点を解消した圧力平衡伸縮管継手を実現することを目的としたものである。

本願考案は前記のような問題点を解消すべく、当事者間に争いのない前記本願考案の要旨記載のとおりの構成を採用したものである。特に、引用考案一との相違点〈2〉にみられるように、各連杆を四本とし、継手本管用連杆とバランス管用連杆を連結する四個の梃杆を配置する構成を採ったことにより、本願考案の圧力平衡伸縮管継手においては、継手本管の蛇腹管が伸縮すると、蛇腹管の伸縮が四本の継手本管用連杆を介して各梃杆の一端に伝えられ、各梃杆が継手本管用連杆により回動し、各梃杆の他端が四本のバランス管用連杆を介してバランス管の蛇腹管を伸縮するので、継手本管内の圧力の変化をバランス管により平衡とすることが可能となり、各梃杆の角部をバランス管及びブラケットの母線上に配置したので、交叉状に接続された継手本管とバランス管とを四本の継手本管用連杆及びバランス管用連杆を介して連結することができ、継手本管と交叉した単一のバランス管の伸縮管がバランス管の中心軸に対し曲がった状態で伸縮するおそれはない。また、引用考案一との相違点〈1〉にみられるように、バランス管を単一としたことにより、常に空気抜け孔を設けることができるとともに、バランス管は継手本管よりも小径であるため狭い空間への取付けが容易にでき、さらにバランス管に作用する内圧推力が小さくなるのでその構造が華奢で済むなどの作用効果を奏し得たものである。

2  審決の取消事由について

原告は、二本の連杆を有する圧力平衡伸縮管継手あるいは圧力平衡型伸縮管継手において、管の中心軸に対して傾いた状態で伸縮するおそれを除去するために、連杆を四本とし、これを管の円周に沿って配置することまでは容易に着想し得るとしても、連杆等の具体的な配置について、本願考案の採用した構成に想到することが極めて容易に行われ得るものではないとして、この点に関する審決の認定判断を誤りであると主張するので、以下この点について判断する。

(一)  連杆の配置について

既に二本の連杆を有する蛇腹管に二本の連杆を更に追加することによって、蛇腹管の伸縮を安定させ、その曲がりを防止するためには、四本の連杆を管の円周に沿ってできる限り均等に配置することが最も有効であることは明らかである。かかる観点からすると、右二本の連杆の具体的な配置は、〈1〉二本の連杆を継手本管の中心軸とバランス管の中心軸とを含む平面内に配置する方法、〈2〉既設の管の母線上にある二本の連杆を、それぞれ二本に振り分けて管の片面に二本ずつ配置する方法が存在することは被告が主張するとおりである。

ところで、被告は、〈1〉の方法は、連杆が継手本管を貫通するか、ないしは右貫通を回避するために連杆を迂回させなければならないという不都合が生じるから、採用されるはずはないと主張する。確かに、連杆が継手本管を貫通する場合においては、連杆を設置するために継手本管から管内の物質が漏出しないように継手本管を加工する必要があることから、かかる方法が容易に採用され得るものでないことは、明らかなところである。しかしながら、貫通を回避するために連杆を迂回させる方法については、継手本管自体に対する加工が不要であり、かつ、連杆の迂回という技術課題に照らすと、これを実現することが技術的にさほど困難性が高いものとは認め難く、この方法が直ちに採用できない方法であるとすることはできない。このことは、引用例一、二に示される従来技術における二本の連杆が既設のものとして存在することを前提とした場合においては、前記〈1〉の方法が既存の連杆の位置に何ら変更を加えない点において、〈2〉の方法に比較してより容易に着想し得るものであることを考慮すると、実施可能な具体的方策としてみた場合において、被告が主張するように、連杆を二本増設する方法として直ちに採用し得ないものであるとすることはできないものというべきである。

これに対し、前記〈2〉の方法は、〈1〉の方法を採用した場合に生ずる前記のような不都合ないしは技術的複雑性を伴わない点において優れたものであることは、被告主張のとおりであるが、前述したように、二本の連杆の存在を所与の前提とする従来技術の改良としては、着想においてより自然であり、かつ、技術的にみて実施可能であり、具体的な方策となり得る(現に、引用考案三における連杆はこの配置方法を採っているものである。)〈1〉の方法が存在することを考慮すると、当然に〈2〉の方法が採用され、〈1〉の方法は採用されるものではないと即断することは困難というべきである。このことは、〈1〉の方法に比して〈2〉の方法がより合理的とみられるにもかかわらず、現に、本願出願前においてこの方法を採用した従来技術の存在を認めるべき証拠がないことからも明らかである。

してみると、前記連杆の配置において、被告主張の前記〈2〉の方法による構成が必然であるとすることはできず、したがって、当業者にとってかかる方法を選択することは極めて容易であるとする被告の主張はもはやこの点において採用し難いものというべきである。

(二)  梃杆の配置について

前項に述べたように、連杆の配置は前記〈2〉の方法を唯一、必然のものとすることはできず、前記の連杆を迂回させる方法も採用可能なものとして考慮に入れるべきであるから、被告の主張はかかる連杆の配置があることを考慮の外に置く点において、既に相当ではないというべきであるが、この点は一応置くとして、本願考案における梃杆の配置の決定の容易性に関する被告の主張を検討することとする。

この点に関する被告の主張によれば、被告における梃杆位置の決定に至る主要な思考過程をみると、a 四本の連杆相互間における連結可能な組合せを三組想定した上で、b 右三組のそれぞれについて継手本管とバランス管との断面積比に基づき梃杆の軸支点となり得る位置を決定し、c このようにして得られた多数の軸支点可能位置の中から梃杆の取付容易性、応力分布の状況及び強度等の観点を考慮して具体的な軸支点位置の確定を図るというものであり、そして、これらの思考過程を経る中で得られた複数の梃杆の具体的配置の優劣を比較対照して決定するというものであることは、その主張自体から明らかなところである。

しかしながら、例えば、被告は前記主張において梃杆の軸支点の位置は、前記の取付容易性、応力分布の状況及び強度等の諸要素を考慮すると管の母線上に限定されるとの見解に立脚した上で、採用されるべき梃杆の位置を決定しているところであるが、いずれも成立に争いない甲第三号証及び同第四号証によれば、被告が引用例として提示している引用考案一、二のいずれにおいても、梃杆の位置は管の母線上には配置されていないことが認められるのであり、このことからみても、本願出願当時における当業者の技術水準においては、梃杆位置の決定が被告主張の前記諸要素のみを考慮することによって技術必然的に決定されていたものでなく、他の様々な技術的要請との相関的関係において採択されていたものであることは、右各引用考案における梃杆位置の構成をみれば明らかというべきであり、他にこれを左右する証拠はない。

(三)  かように、本願出願前において、圧力平衡伸縮管継手に関し、本願考案のように四本の連杆を継手本管の周囲に配置する構成を示す従来技術及び梃杆を母線上に配置する構成を示す従来技術が存したことを認めるに足りる証拠はないにもかかわらず、この両者を組み合わせることにより、被告が指摘するように、本願考案が極めて理に適った構成を採択したことによって従来技術が包蔵していた前記の各欠点を解消するという効果を奏し得たものであることは、既に前項に述べたとおりである。しかも、各引用例中公開日が本願が出願された昭和五七年一〇月五日に最も接着しているのは昭和四九年六月二八日に公開された引用例三であり、その間に本願考案が示すような技術が公にされることがなく、八年以上の年月が経過していることに鑑みれば、被告主張のような理詰めの思考を進めれば、一見本願考案の構成が容易に想到されるかの如くであっても、右主張は、いわば、本願考案の存在を前提とした上で、本願考案が採用した構成の技術的意義についての説明的ないしは回顧的な分析にすぎないといわざるを得ない。

そうすると、本願考案において採用された連杆、梃杆等の構成が技術必然的に採られる構成であるから、かかる構成に極めて容易に想到し得るとした審決の認定判断には誤りがあるというべきである。

三  以上の次第であるから、本訴請求は理由があるものとして認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)

別紙図面(一)

〈省略〉

(二)

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(三)

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(四)

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(五)

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(六)

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(七)

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